現在ヤコブ・マーザー氏はHeithoff & Companieの相談役であり、そこでは主に顧客とインハウスチームの関係構築に焦点を当てている。彼はまたFH Münsterの講師でもありBGD(コミュニケーションデザイン職能団体)の会員でもある。
彼のプレゼンテーションが始まる前、司会者であるステファン・コールス氏とスモールトークをしておりとてもリラックスした感じで、出で立ちは清潔感のあるシャツとジーンズとスニーカーというリラックスした服装であった。彼らがスモールトークをしている間、私事ではあるがこんな小綺麗な格好をしてる人の部屋は綺麗なんだろうか、おお、ジーンズも新品ばりに青い、最近買ったのだろうか、など無駄なことを考えてるうちにプレゼンはスタートした。
ステファン・コールス氏はアメリカ出身でほぼ英語しか話せないようだが会場の方々にこのプレゼンテーションがドイツ語で行われることを説明、ついでに用意してきたドイツ語を披露するのだがあまりうまくいかないようだった。TYPO Berlinを知らない日本の方々にはイマイチこのカンファレンスが何なのかわからないかもしれないが、これは一応ヨーロッパで一番大きなデザイン、特にタイポグラフィを焦点としたカンファレンスである。入場者の大半はドイツ、スイス、オーストリアなどのドイツ語圏から来ているが、その他にも毎年世界中から人々が訪れる。ドイツ語圏の人々はみな英語も話せるので会場のプレゼンテーションはドイツ語か英語で行われる。
Jakob Maser
Graphic Designer (Münster)
本の製作以前に仕事仲間や友達とこの分野で何が起きてるのか、どう変化していっているのか、どのような要望が顧客側からあるのか、何をデザイナーとして提供できるのか、等々を話し合っているとき、どのことにもそう簡単には答えられないと彼はふと気づいた。答えられない理由の前提としてまず、この分野のデザイナーたちのことを実際によくわかってないからだと気づく。これがこの本を作るきっかけとなり、真剣に分析してみようと思った。
Bestiariumとは何か?
Bestiariumと聞いて日本人の方で意味を想像できる人はあまりいないだろう。Bestiariumとは本来、中世ヨーロッパの実際の動物と空想上の動物をイラストとその説明をキリスト教的な観点から叙述した本のことである。デザイナーというのは雇用主側にとってまったくよくわからない人種達であって、何をしていて、何ができて、何ができないのかなどということが明確ではなかった。そしてこの分野の研究はヨーロッパでも特に発達しておらず、誰もどのようにデザイナー達を扱って良いのかわからなかった。そのようなことからデザイナー達をイラストと詳細な説明を加えて解説する本を作ることを思い立ち、Bestiariumがタイトルにぴったりだという考えに至ったようだ。
先ほども述べたように本の中ではデザイナーたちを12と2分の1のカテゴリーに分類し、その特徴、見かけ、行動パターン、嗜好などを調べ上げた。その際SWOT分析を用いてデザイナー達を分析していった。SWOT分析とは強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Chancen)、脅威(Threats)を明確にしその中から弱み、脅威を次の機会にどうつなげていくのかを分析するビジネス戦略であり、通常このようなものには使用されえない。そこがこの本の特徴である。
12と2分の1のカテゴリーは以下のようになっている。
1. デザインオフィス
2. エキスパート
3. 若造
4. ワンマンショー
5. 小さな広告会社
6. 大きな広告会社
7. コーポレートアイデンティティーコンサルタント
8. 広報
9. ウェブデザイナー
10. 印刷関係
11. 社内デザイン部
12. クラウドソーシング
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1/2. 超越者
この本の目的
次にヤコブ・マーザーは会場でエキスパートと若造の章の朗読を始めた。エキスパートとは言葉のとうりすでにデザイン会社での経験を持ち、いろいろな知識があり何にでも対応できる能力を持つが、若干予算の管理を怠りがちなところがあり、いつも作品のクオリティーと華やかさにこだわるやり手のデザイナーのことを指す。若造とは大学を卒業したばかり、もしくは卒業してまだ数年ぐらいでいつも最新の若者のカルチャーに精通しており、デザインの仕事にいいアイデアをもたらすが、印刷技術や顧客とのコミュニケーションマナーなどをわきまえておらず、自分のデザインアイデアを無理に押し通そうとする傾向があり、未来への展望に欠ける。
第一印象としては特徴や見かけ、傾向を皮肉を込めて面白おかしくちゃかしているのかと思われるが、実際はデザイナーの弱みや脅威を真面目に分析し、それらを新たなチャンスとして生かすヒントが多く述べられている。この本はもちろんまだ将来やりたいことのわからない若いデザイナーや転職を考えてるデザイナーにとって新たな道しるべともなりうるが、本当にこの本を読んでほしいのはデザイナーチームをオーガナイズする側である人事の方や、プロジェクトマネージャー、クリエイティブディレクター、経営者、特にデザイナーを雇う側である雇用者側の方々に読んでいただきたい本である。
本記者はデザイナーでもありこの本の中で分類されているような人物が自分の会社にもよくいることに深く頷いた。そして彼らのような人物の弱みが会社の中で円滑な仕事の流れを阻害したりするのを目の当たりにしてきたが、このようなことが起こりうることを最初から予測できていれば、プロジェクト開始当初からある役割は後々他のデザイナーに回すことを計算できるだろう。もちろん現実には予算や人材リソース、時間の制限など様々な要因があり、いつもある仕事を誰かに回すことは簡単にはできないかもしれないが、とりあえずこの本を自分のチームマネージャーにお薦めすることから始めようと思う。近い将来より円滑なチームが高い確率で築かれることにつながるのではないだろうか。
最後にヤコブ・マーザー氏はクイズを出し一番近い正解の方々にこの本をプレゼントするおまけを披露し、会場の来場者達を喜ばせていた。そして彼はこの本の中のどのタイプに分類されるかという質問には、本人曰く、様々なタイプの性格を持つそうだ。若い頃はもちろん若造タイプ、その後仕事を数年経験し自信をつけたころにはワンマンショー、そして現在はコーポレートアイデンティティーコンサルタント、もちろんその道のエキスパートでもある。もちろん全ての人の全ての人生の過程をどこか一つのカテゴリーに当てはめることは現実には難しいかもしれないが、どのようなタイプのデザイナーがいるのかということを事前に知っていれば、この分野で働いていく人々全てに役に立つ本であることは間違いない。
今のところドイツ語版しかないが本のご購入はDas Bestiarium – Unternehmenstypen im Kommunikationsdesign
ヤコブ・マーザー氏のウェブサイト