ファーディナント・ウルリッヒ:文字にかけた人生 グドルン・ツァップ・フォン・ヘッセ

彼女はヘルマン・ツァップ氏の妻としても知られ,数々の本の装丁,様々な文字・活字制作,レタリング,活字の彫刻などを70年以上に渡り行ってきた。数々の賞を受賞してきたにもかかわらず,今まであまり注目を集めてこなかった彼女の作品に今回,ウルリッヒ氏がここベルリンで光を当てる。

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TYPO Berlin 2016のグランドフィナーレを担当するのはファーディナント・ウルリッヒ(以下ウルリッヒ氏)。彼はベルリン芸術大学でヴィジュアルコミュニケーションのマスターを卒業した後,タイポグラファー・文字の歴史研究家として旧東ドイツのハレ芸術大学で教鞭をとる傍,ベルリンのエリック・シュピーカーマン氏の印刷所p98aでも働いている。現在は,ポツダム専門学校に席を移しタイポグラフィを教えている。また,ベルリン芸術大学在学中にはピッツバーグのカーネギーメロンユニバーシティでも印刷活字の研究を行った経験がある。
レクチャー,ワークショップ,論文の出版等をドイツ,イギリス,アメリカで行いつつ,現在はイギリスのレディング大学で博士課程の研究にも勤しむ。

TYPO Berlinには様々な講演がある。例えばポートフォリオを見せたり,大爆笑のコメディショーがあり,ときに真面目でシリアスなプレゼンテーションがある。個人的にはせっかくこのような大きなカンファレンスに来たのだから是非何かを学んで帰りたいと思っている。この講演は正しくそのような類の例であり,事実多くのことを学んだ。

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講演開始

講演の直前には司会者のソニア・クネヒトさんがウルリッヒ氏についてかなり詳しく紹介する。司会のソニアさんはいつも講演者を暖かく迎え紹介するのだが,このときはより一層愛情深く紹介された。それもそのはず,彼らは個人的にもよく知る仲であり普段から交流があるからだ。

ウルリッヒ氏はすでに7年近くもヘルマン・ツァップ氏とグドルン・ツァップ女史の生涯の作品について研究しており,彼の修士論文はヘルマン・ツァップ氏の活字Hunt Romanについての研究であった。その成果はすでにここTYPO Berlinでも紹介され好評を得ている。
このプロジェクトの始まる以前,ある友人の協力を得てヘルマン・ツァップ氏としばらくの間手紙の交換を行い,2014年5月ついに二人をダルムシュタットの自宅へ訪問することとなった。その際彼はツァップ氏自らに幻の活字Hunt Romanを鋳造する許しを得た。現在世界で5セットしかないその活字の1セットは彼の働く印刷所でもある,エリック・シュピーカーマン氏が経営するp98aに存在する。
その訪問の最後にグドルン・ツァップ女史から彼女の作品について興味があるかと聞かれたウルリッヒ氏はもちろんのこと再度彼女を訪問することを約束しその時は帰宅した。このようにして彼の新しいプロジェクトは始まり,今年ついに彼女を訪れることができ,その際インタビューを行い今回TYPO Berlin 2016でその成果の一部を公開された。
インタビューの際には友人で同僚であるノーマン・ポッセルト氏も同行しその一部始終を写真に収め,ビデオも撮影された。ポッセルト氏は写真・写真加工・写真編集のプロとしてベルリンで働いている。彼の写真は正真正銘のプロフェッショナルである。

グドルン・ツァップ女史

ウルリッヒ氏は彼女の人生について,その出生からこんにちまでを多くの豊富な写真とともに紹介された。これはそのプレゼンテーションのほんの一部であるが,ここに紹介させて頂く。


グドルン・ツァップ女史は1918年1月2日にシュベーリン(ドイツ北部の比較的小さな町)で生まれ,ポツダム(ポツダム宣言で有名なベルリン近郊の町)で成長する。彼女が生まれた年はドイツ帝国の最終年であり,ヴィルヘルム2世が時の世を治めていた時代である。そして幼少期をワイマール共和国時代に過ごし青年期をドイツ第三帝国と呼ばれるヒットラーの時代に育ったのである。彼女は10歳にして学校の作文に本の装丁家になりたいと書いており,16歳で両親と相談して本の装丁を学べる学校に進学することになる。その後本の装丁だけでなく様々な教育をワイマールで受け,卒業後ポツダムに帰ることになる。

その後話はさらに彼女の教育,教鞭,仕事場,居住地の変遷,本の装丁,文字の制作,結婚,ヘルマン・ツァップ氏との共同作業,アドリアン・フルティガー氏からの手紙,受賞暦,などと続いてゆく。

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講演の意味

この講演で注目されることは,ただ単に彼女の制作した作品の写真を収集したり,彼女の経歴のみを羅列しているのではなく,彼女の作品に影響される全てを収集し,まとめていることにある。このような豊富な彼女の背景を知ることにより,彼女の作品の時代性,多様性,こんにちでは制作されることは難しいオリジナリティーにまで光を当てている。講演の最後には,ポッセルト氏と共同制作した貴重なインタビューのビデオを上映しこの講演は幕を閉じた。

彼の講演の重要性は,その時代性にある。ツァップ氏やフルティガー氏はもう生きていないため,その作品や逸話はすでに伝説的な話となりかけている。しかしながら,ウルリッヒ氏はグドルン・ツァップ女史のご自宅を実際に訪問し一緒に時間を過ごし,仕事場で作業を行い,さらにインタビューを行っている。ただ本を読んでマテリアルを集めるだけではなく直接本人に質問したり,貴重な彼女の作品を公開して頂いたりと可能な限り彼女自身のご意見を紹介されている。そこには彼女の作品から伝わってくる想像や印象を超えて,彼女自身の人間性まで見ることができるのである。

彼のさらなるプロジェクトの経過を待ち,彼女についての本が完成するのを心より楽しみにしています!

Written by Toshiya Izumo

© Norman Posselt · www.normanposselt.com

Ferdinand Ulrich

Typographer / Type Researcher (Berlin)

Ferdinand Ulrich is a typographer and a design researcher. At p98a.berlin he explores with Erik Spiekermann how letterpress can be redefined in the twenty-first century. His research and writings on type history have been published in the US, in the UK and in Germany. Ferdinand regularly teaches typography (UdK Berlin, Burg Halle, FH Potsdam) and gives guest lectures (MIT Media Lab, Cooper Union, Carnegie Mellon University, and others). Since 2015 he has been working on a PhD at the University of Reading, researching the transition of type design technologies in the early digital era. The project is supervised by Gerry Leonidas and Sue Walker and is funded by the AHCR in the UK.